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東京家庭裁判所 昭和38年(少)14355号 決定

少年 N(昭二一・九・二一生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(罪となるべき事実)

少年は、

(一)  昭和三七年○月○○日午後八時三〇分頃、東京都北区○○△の△△○○パチンコ店の店内において、村○一○所有の書物等在中の手提鞄一個を窃取した。

(二)  昭和三八年△月○○日、K、Sと薬品商から商品を騙取しようと共謀し、同日午前一一時頃公衆電話からKが東京都中央区○○町○の○△△株式会社に電話をかけ、応待に出た同社社員○田○子に対し、「当方は一武堂であるが、チオクタン五〇箱を買受けたい。」旨虚構の事実を申し向けて同人をして真実△△株式会社と取引のある一武堂から薬品の注文があつたもののように誤信させて出荷の手続をとらせた上一一時二〇分頃N少年があたかも一武堂の正当の使者のように装つて上記△△株式会社事務所を訪れ同社社員須○允○に対し先刻注文した薬品の交付方を求め、上記いきさつから少年を一武堂の正当な使いのものと誤信している同人からチオクタン六〇錠入り五〇箱を受取りこれを騙取した。

(三)  同月○○日K、S、M、Yと共謀の上、同日午前一〇時頃日本橋室町二丁目の喫茶店からKが東京都中央区○○△町△の○株式会社○○商店日本橋営業所に電話をかけ、応待に出た同店店員○柳○子に対し、「当方は林薬品であるがアリナミン五〇箱を買受けたい」旨虚構の事実を申し向けて同人をして真実○○商店と取引のある林薬品株式会社から薬品の注文があつたもののように誤信させて出荷の手続をとらせた上、一〇時三〇分頃N少年があたかも林薬品株式会社の正当の使者のように装つて上記○○商店日本橋営業所を訪れ同店店員の上記○柳○子宮○秀○に対し先刻注文した薬品の交付方を求め、上記いきさつから少年を林薬品株式会社の正当な使いのものと誤信している同人等からアリナミン三〇〇錠入り五〇箱を受取りこれを騙取した。

なお、その際、上記いきさつから少年を林薬品株式会社の正当な使いのものと誤信している○○商店の○柳等から、さきに林薬品株式会社から注文のあつたアクロマイシン一〇〇カプセル入り五箱、グロンサン一〇〇錠入り一〇箱および逆性石鹸一五個の持帰り方を要望せられたのを奇貨とし、林薬品株式会社の正当な使者を装つてこれを受取り騙取した。

(四)  同月△△日K、S、M、Yと共謀の上、同日午前一一時三〇分頃公衆電話からKが東京都中央区○○町○の○□□薬業株式会社に電話をかけ、応待に出た同会社社員○井○子に対し、「当方は片山薬興であるが、強力ミネビタール五〇本を買受けたい。」旨虚構の事実を申し向けて同人をして真実□□薬業株式会社と取引のある片山薬興株式会社から薬品の注文があつたもののように誤信させて出荷の手続をとらせた上、一一時四五分頃N少年があたかも片山薬興株式会社の正当な使者のように装つて上記□□薬業株式会社事務所を訪れ、同社社員上○竜○および上記○井○子に対し先刻注文した薬品の交付方を求め、上記いきさつから少年を片山薬興株式会社の正当な使いのものと誤信している同人等から強力ミネビタール一〇〇錠入り五〇箱を受取りこれを騙取した。

(五)  同月△△日上記(四)の行為の直後、同じくK、S、M、Yと共謀の上再び公衆電話からKが東京都中央区○○△町○の○東京○○製薬業株式会社東京営業所に電話をかけ、応待に出た同会社社員小○威に対し、「当方は日新薬業であるが、強力チオクタン三〇箱を買受けたい。」旨虚構の事実を申し向けて同人をして真実東京○○製薬株式会社と取引のある日新薬業株式会社から薬品の注文があつたもののように誤信させて出荷の手続をとらせた上、正午頃N少年があたかも日新薬業株式会社の正当な使者のように装つて上記東京○○製薬株式会社東京営業所を訪れ同社社員新○佐○に対し先刻注文した薬品の交付方を求め、上記いきさつから少年を日新薬業株式会社の正当な使いのものと誤信している同人から強力チオクタン一二〇錠入り三〇箱を受取りこれを騙取した。

(六)  同月○△日□某と共謀の上、同日午前一〇時三〇分頃東京都中央区○○△町○の○□□薬業株式会社に電話をかけ、応待に出た同会社社員○田○子に対し、「当方は片山であるが強力ミネビタール五〇本を買受けたい。」旨虚構の事実を申し向けて同人をして真実□□薬業株式会社と取引のある片山薬興株式会社から薬品の注文があつたもののように誤信させて薬品を騙取しようとし、後刻N少年があたかも片山薬興株式会社の正当な使者のように装つて上記□□薬業株式会社事務所を訪れ上記○井○子等に対し先刻注文した薬品の交付方を求めたが、同人等に看破せられて騙取の目的を遂げなかつた。

(適条)

(一)の行為 刑法第二三五条

(二)ないし(五)の行為 刑法第二四六条第一項

(六)の行為 刑法第二四六条第一項第二五〇条

(主文決定の事由)

少年の非行は中学生の時代から始まつている。少年調査記録中の○○○中学校長の回答書(昭和三六年一〇月九日付)、回答申請(同月二三日付)や、家庭裁判所調査官田代三五郎の調査報告書(同月一一日付)を読むと、少年の中学生時代の行状の不適応ぶりを窺うことができる。そして昭和三七年、少年が中学校を卒業するかしないうちに暴力団○○組の者との接触が始まつている。○○組は暴力団○○一家の下部組織で、巣鴨、大塚、板橋方面に勢力を張る不良の集団であるが、本件薬品詐欺の共犯者はいずれも○○組に属している徒輩である。

少年は、上記(一)および(六)の非行について当裁判所伊藤博裁判官の審判を受け本年二月一五日在宅による試験観察の措置を受けたのであるが、四月二八日夜、前記S外四名ばかりの友人と共に少年の顔見知りである○藤○子を池袋ローラースケート場から誘い出して○○○病院の構内まで連れゆき物置小屋の中で情交をしようとしたという事件があり、その際同行の他の少年が○子を殴打して負傷させているので、強姦致傷事件(昭和三八年少第一四三三五号)として送致されているが、私は本件は上記のように和姦の疑が濃いので、強姦の事実は認めない。しかしながら、それにしてもそのような行為は誰がしても非難に値することであるが、まして未成年でありしかも試験観察中の少年の行為としては甚だ遺憾極まることといわなければならない。

その後(二)ないし(五)の事実が送致せられて来たので、私の許で上記強姦致傷事件として送致せられた事件と共に審判を開いた結果本年七月二六日改めて在宅試験観察の措置をとつた。

というのは、上記のとおり強姦致傷事件は犯罪となるや否や疑わしい状況であつたし、薬品詐欺の事実はいずれも審判当時よりも半年ばかり以前の事であるので、或はその後少年の行状が好転することもあろうかと期待したからであつた。

ところが本年一〇月に入つて、少年が保護者の許を家出して、再びヤクザの徒輩と接触しているという事実が判明したので、同月三日同行状を発付し、同月八日観護措置をとり、慎重に調査をした結果、今一度反省の機会を与えるのがよいと考えて少年に対して、これが最後の更生の機会である旨を諭した上同月一六日大野清男に補導を委託して試験観察を続けることとしたのである。

ところが一一月中頃から再び少年の態度が悪化し委託先から住込稼働していた運送店から日当を貰つて病気と称して委託先に戻り委託先をだまして二重に日当を貰わうとしたり、同輩とピンポン台の使用について紛争を起したり外出して飲酒したり、その他にも概して委託先主幹者の注意を守らず規律に違反することが多く、委託先としても少年の処遇に手を焼いていた有様であつたので、たまたま一一月二一日同委託先に火災があつたのを機会に秋田豪諦に補導委託替をした次第であつた。上記大野清男委託先における少年の行状については、坂田仁家庭裁判所調査官の試験観察経過報告書や、大野清男の来信によつて、その概要を知ることができ、少年が委託先においても極めて不適応状況を示していることが判る。

少年は本年二月以来今日まで四回に亘つて東京少年鑑別所に送致せられているが、鑑別の結果は当初から一貫して性格の甚しい偏倚が指摘せられ収容保護を必要とするという意見が付けられており、自己中心的な物の考え方と、責任を他に転嫁して自己の行動を合理化することが示されているが、少年のそのような傾向は審判廷における少年の言動を観察しても観取できるところであつて、その傾向と偏倚とは審判の過程においても少しも変化好転を見せていない。

少年は、あくまで自己の行動は普通であつて、社会が自分のあらゆる行為に対して非難をあびせると考えており、そのことを卒直に私の前でも申し述べるのである。私はこのような少年は比較的純情で正直であるかも知れないから自ら反省する気構えさえあれば更生の見込なきにしもあらずと考え、再三その機会を与えたつもりであつたが、いずれの場においても不適応を示して止まないのは、私の見込違いであつたといわざるを得ない。

尤も少年は、最終の審判廷で自分は今回の委託先(秋田豪諦方)では、これが最後の更生の機会と思つて努力している旨申し述べ、また事実一一月二二日以来今日まで一三日間は別段の事故もなく経過しているので、少年の現在の心境はその陳述のとおりであるかも知れない。しかし少年は、これまでの試験観察の経過をみると、いずれの場合も二ヶ月ばかりを経て後に元の虞犯的生活態度に戻つており、それは少年の性格そのものに根ざす弱点であるから、一朝にして治癒できるものではないと思われる。

もとよりこの少年が、このような性格を具有するようになつたことについては、家庭環境やその他の生育環境も大きな原因であつて、少年にのみその責を帰すわけにはいかないが、現在少年の社会不適応性が上記のとおりである以上、もはや在宅の方法では保護は不可能と断ぜざるを得ないのみならず、その非行性は相当深化しているのではないかと推察せられる。

以上の理由によりこの際少年を少年院に収容して相当期間矯正教育を受けさせることを必要と認め、少年法第二四条第一項第三号を適用して主文のとおり決定する。

なお、一件記録によれば、上記(五)の事実については、検察官の送致がないように見える。しかしながら、昭和三八年七月一六日付司法警察員の追送致書記載なるものが一件記録中に共に検察官から送致されて来ており、その追送致書記載の犯罪事実はN少年にも関する事実であり、しかもこの事実を認めるに足る資料も揃つているのをみると、検察官がこの事実を送致しなかつたのは何かの誤に基づくものと思われ、このような事情の下においては家庭裁判所は送致を受けない事実についても審判をすることができるものと解し、上記の判断をしたものである。

また送致事実中、昭和三七年一二月○○日○○薬業株式会社から一武堂の名を詐称して強力ミネビタール一〇〇錠入り一〇〇本を騙取したという事実については、少年が関与しているという心証が得難いので、これは認めないこととした。

(裁判官 河野力)

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